【とまどいの愛 〜プロローグ〜】 |
今日も気がつけば、この場所を訪れていた。 卒業したというのに、ここまで入り浸ってもいいものなのだろうかと思う時もある。 しかしここに来なければ、会えないのだからしょうがない。 来たからといって、会えるわけでもないが…。 今日も会えないのだろうか。 なんとなく避けられているのは気付いている。 タイミングを外してばかりで、いつか会えてないのだろう。 今日こそは、なんとしてでも…。 「あれ?柏木先輩じゃないですか〜」 不意に声をかけられて振りかえると、そこには見覚えがある顔が微笑みながら駈け寄ってきた。 「こんにちわ。たしか君は放送部の…」 「はい、放送部二年の福井です!」 憧れの人に会えたようなキラキラした表情で答えるのは、まだあどけなさが残る線の細い少年だった。 「遊びに来られてたんですか?」 「ちょっと生徒会長に用があってね」 「引継ぎ忘れたものかなのかですか?」 優が手にしている茶封筒に気付いた福井は、興味深そうに尋ねてきた。 「あぁ。大事な書類だから、直接渡したくてね。だけど生徒会室にも教室にもいないらしく、ちょっと困っていたんだよ」 「一緒に探しましょうか?」 福井は屈託のない笑顔でよくしゃべる。 ちょっと高めだが、はっきりとした聞き取りやすい声でアナウンサーに向いていると思う。 「それは助かる…といいたいところだけれども、彼のことだから校内を動き回っているんだろうし、やっぱり生徒会室で待つことにするよ。できればすぐに済ましたいんだけどね…」 ちょっと参ったような表情で優は髪を書き上げる。 男から見ても惚れ惚れする容姿、仕草。 生徒会長をやっていたこともあり、優には下級生のファンが多かった。 もちろん、福井もその中の一人である。 放送部は全校集会などでマイクなどの器材の準備をする。そういうこともあり、生徒会役員との接触する機会が多かった為、福井は当時一年ながらにして、優と話す機会を多く持っていた。 一般の一年であれば、遠巻きでしか近寄れない高嶺の花でもある生徒会長と身近に接することを福井は誇りに思い、またお役に立ちたいと常に思っていた。 「あ、いい考えがありますよ」 突然ひらめいた様に、目を輝かせて優を見上げる。 「校内放送で呼出せばいいんですよぉ」 突然の提案に、優の頭にある策略が生まれる。 「ほほぉ、それはいいアイデアだね。でも勝手に放送を使ってもいいのかい?」 「放課後は、放送部が管理しているので大丈夫ですよ」 では、さっそく呼出しますと、その足で放送室まで駆け出そうとする福井をすぐさま呼びとめる。 「ちょっとまって。 そんな個人的なことに、わざわざ放送部員を借り出すのは忍びない…」 「そんなこと、気にしないでいいんですよ」 「君は、本当にいい子だね」 じっと眼をみつめると、福井は顔を真っ赤に染めた。 「そ、そんなこと…」 優は自分の魅力をよくわかっている。 次にどのような態度をすれば、他人がどう靡くなど手に取る様にわかる。 「そこでだ。僕が自らマイクに向かうよ」 「先輩が…」 スピーカーから流れる、凛とした優の声を想像した福井は、うっとりと瞳を潤ませる。 「でも、放送室にいる間に、すれ違いで彼が生徒会室に来てしまうと困るよね」 指の関節付近でそっと口元を触る。 表情に浮べるのは、憂いを満ちた悩ましげなポーズ。 「あ、じゃぁ、生徒会室までマイクを引きますよ! そうしたら、そこから校内放送に流すことできますので、すれ違うことがないですよ」 「おぉ、それはいい。その準備を頼んでもいいかい?」 「はい、もちろんです!」 元気に答えると、再び放送室へ向かって駆け出そうとする。 「先輩は生徒会室で待っててください。器材運びますから」 「悪いね〜」 元気に駈けて行く背中を見守る。 人というものは、簡単に動いてくれるものだ。 「さて、これでもう逃げられないよ、ユキチ…」 いつも逃げられていた。 タイミングをわざとずらし、避けるように逃げられていた。 だったら、おびき出すまで。 校内放送という全校生徒が聴いている状態から、逃げ出すことはもう無理であろう。 だから、今日こそは君に会える。 「準備できましたよ〜。それでは好きに使ってください」 放送部員が複数名に増えている。 生徒会室には他に、小林とアリスが、なにが始まるのか期待しつついる。 「さぁて、呼出しますか、生徒会長さまを」 ピンポンパンポーン 校内に呼び出し音が響く。 はじめはまともな呼び出し方。 次は、ちょっと痺れを切らした呼び出し方。 その次あたりから、みんな声の主が誰なのか気付き出している。 冷やかし半分に、興味津々にどうことが運んで行くのかをまっている。 まだ肝心の主役がでてこない。 防音設備の整った部屋で、加速する災いには気付かずに、今はまだ平和に掃除をしている。 彼が、コトの大きさに気付くのは、もう少し先のこと。 そしてその後、どんどんと深みにはまって行くことも、まだわからないことなのだ。 |