【いまだけは…】 |
いつからだろう、 彼に惹かれてしまったのは… 逃げたかった。 信じたくなかった。 このままじゃいけないって、わかっていたというのに、 もうどうしようもとめられそうもない。 「ユキチ…」 優しい腕に後ろからだきしめられる。 感じられるのは暖かい体温。 腕の優しさになれてしまって、抵抗もせずただ、その重みを心地よく感じていたくなる。包まれることに慣れ、守られることに慣れ、そうしていつのまにか頼ってばかりの人間へとなっていくのだろうか。 甘えることしかしない、弱い人間へと変わっていくのだろうか。 「はぁ…、だーかーらー、そうやってどこでもかまわず抱きつくのは止めてくださいって、言ってるじゃないですか」 祐麒は厭きれながら、後ろから抱きついてくる腕を邪険そうに払った。 「まったくいつもながら、つれないねぇ、君は」 少しも懲りずに笑顔をむけるその男は、あいかわらずの整った顔で見つめてくる。その笑顔を見飽きるほどみている祐麒にとっても、気を抜くと見とれてしまいそうになってしまうから困り者だ。 「それに、どこでもかまわずっていうわけでもないだろ?今は、まわりに誰もいないんだし」 休日の生徒会室。たまっている学園祭の後処理を、誰にも邪魔されずに落ち着いてしたいがためにわざわざ登校したというのに、学園の門をくぐるまえにうっかりと、見つけられてしまった。 邪魔をするなといったにもかかわらず、のこのこついてくるのがこの男の性格で、遠くで響く部活動に勤しむ若者の声もかすかにしか聞こえてこないほど奥まったこの部屋に、必然的に二人きりという状況になってしまった。 「そりゃ、たしかにまわりには誰もいませんよ?だからといって抱きついてきてもいいっていうわけじゃないのでは?」 口では勝てないのはわかっているものの、言い返さなければ気がすまない。年上だし、成績も力も運動神経も、頭の回転でもすべてにわたって、自分よりも優れている相手ではあるが、だからといって自分を押し込む必要性はない。いつかは対等になりたいと思っている相手だからこそ、言いたいことははっきりと告げるようにしている。 「いやだなぁ、抱きついていいにきまっているじゃないか」 「なんでだよっ」 すばやく腕をつかまえられ、気づいたら胸の中にすっかりと収められてしまっている。 「ちょっと、離せってば…」 「だって、抱きつきたいんだからしょうがないだろ?」 耳元で囁かれる声に、あきれを感じる。そうなのだ、憎たらしいことに、こいつは自分本位で動く人間なんだ…。 男の扱いも、女の扱いもすべてが慣れていて、たった2才しかはなれていないのに差をみせつけられて、正直むかつくときもある。 どこでどうやって、覚えてきたのか、なにを考えいきてきたのか、問い詰めたいときもある。 そうすると、隠すことなく教えてくれるけれども、聞いている途中でだんだんと嫌な気分になってきて、結局もういいよと自分から話を中断させてしまい詳しいことはわからないままで…。 過去など聞いても仕方がない、だって、それは生きてきた過程であらわれる差なのだから…。 「だーかーらー、どこでもかんでもこういうことするなと、何度言ったらわかるんだよっ」 「とかいって、ユキチも本当は嬉しいんだろ?」 「はぁ〜?」 たとえなんていわれようとも相手を睨み返すしかない。 「好きだよ、ユキチ…」 後ろから腕をだきしめてきて、あいつがそっとつぶやく。その言葉を聞いて、どこか安心する自分がいる。 「はいはい。」 ぶっけらぼうに答えることは、いけないことなのであろう。けれど、素直になんかなれない。素直になんてなってやらない。 いつのまにか、好きと言われて嬉しいという気持ちがあふれ出てきている。自分の中に、こんな風に想う気持ちがうまれるとは思わなかった。 「知ってるよ。あんたが俺を好きなことも。 …俺があんたを嫌いじゃないということも」 後半部分はつぶやく形で、相手に聞こえないようにいったつもりだった。 でも目敏いあいつが聞きのがすはずもなく、優しい腕は俺の頭を抱え込むと、嬉しそうに微笑んだ。 知ってるよ。 いつのまにかなれてきている自分のことも。 知ってるよ。 あんたがいなくなると不安になることも。 いつか飽きて俺のことなんかかまわなくなるだろう。一時期の暇つぶしとしてしか、必要とされてないんだろう。 そんな嫌な思考が頭から離れなくなることもある。 別にだからって、なにかがあるわけじゃないのに、 でもなんかくやしくて、くやしくて…。 どうせすぐに消え去る感情だとしても、そんなにいうのだったら、しばらくは俺のそばにいてくれよ。 あんたから近寄ってきたんだから、離れるときは俺からじゃないとだめだから。 今くらいは、近くにいること許してやるから。 だから、 今だけは俺のそばにいればいい。 |